仮操業

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レール

レールから堕ちて堕ちて堕ちて堕ちて一人になると思ってたんだ

 安易な手法と思いつつ使ってみた。
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by tundok | 2004-05-31 23:40 | 未投稿短歌

評価

どうも自分で、よし!と思ったものよりも、
何とは無しに作って評価に迷うものの方が、
他の方に評価して頂けるパターンが続いている。

チラシの裏に書き出してみて、うーん、駄目じゃない?と思って
反故にした歌も幾つかあった。

今、手元にあるのでは笑い短歌のときにつくった

 一向に笑いの神は降りて来ず私は転がる箸になりたい

というのがある。うーん、やっぱり評価に迷うぞ。


とりあえず、気持ちが入り過ぎた歌はどうもダメらしい、
ということは学びつつある。
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by tundok | 2004-05-31 22:25 | 未投稿短歌

一人

一人ならいつものことだ だけど今テレビはつけっぱなしにしている(辻一郎)
 無防備過ぎる気が。

人ごみに目眩をおこし一人きりにも耐えられず 不便な実存

痛まないくらいに独り 少しずつ手首に傷を付けていく午後
 でた、自傷系。


ささきさんに励まされトラックバック。これ2回目。
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by tundok | 2004-05-31 00:25 | 投稿済短歌

独りでも上手に焼いてみせましょう それは私の骨なのである

独りでも成仏させてみせましょう 私の骨を拾い集める

 迷走だな。
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by tundok | 2004-05-30 20:42 | 未投稿短歌

ひとり

一人より二人がいいという嘘は歴史とともに繰り返される(辻一郎)

 前半、ナシノさんの作品とバッティングしてしまった。
http://ringlink.no-blog.jp/1/2004/05/post_34.html 

 ひとりとふたりと言えば、
 
いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり 浅井和代

 うーん、すごい。


一人では帯に短し二人ではたすきに長し ままならぬ生(辻一郎)
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by tundok | 2004-05-29 01:07 | 投稿済短歌

ひとり

生きるのも死ぬのも一人という君に歌う言葉は贈られている(辻一郎)

 この人生で何一つ得られなかった、とあなたは言うかもしれない。
 でもその言葉は確かに誰かに贈られたんだよ、ということを言いたい。
 要推敲だろうか。。
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by tundok | 2004-05-28 23:24 | 投稿済短歌

酔ったままトラバしてみるテスト(2回目)

初めての挫折は4度跳躍で トロイメライが弾けてかなしい(辻一郎)

 ものすごくとってつけた知識ですが、
 シューマンは音階上の4度跳躍によって
 「憧れ」を表現したらしい。

↓ここから酔っぱらいモード
 なにが4度跳躍だ、バカめ。という気がとてもしている。
 納得は全然できてないです。
 しかし一向にラチが開かないので、
 久々にトラックバックしてみます。

 ラチって馬場の周囲の柵のことなんですね。広辞苑で今知りました。
 「女のことなればこの業平が、らちをあけぬという事はない」
 とか例文で載ってる。すごい自信だ。 

 ちょっと俺調子に乗っている、と思う。
 こういうときには何かしら痛い目に会うのだ。


↓お蔵入り
初めての挫折をあえて挙げるならトロイメライが弾けてかなしい

初めての挫折はどんな音でした?トロイメライが弾けてかなしい

下手だったから何度でも思い出すトロイメライが弾けてかなしい

音階は大人の階段なのでした トロイメライが弾けてかなしい
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by tundok | 2004-05-27 01:07 | トロイメライ

リズム

今、木村比呂さんのブログざあっと見て、
これ歌集でたら買うかもしれない、と思った。

いや、学生の身なので図書館で借りるかも、ごめん。

独特のリズムと語彙の選択で、
まとめて読むと別の世界に連れていかれる感じだ。

http://d.hatena.ne.jp/Hasta_luego/
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by tundok | 2004-05-27 00:10 | 未投稿短歌

素材

水面に向かって吠える犬達は自分の笑いを見たのだという

水面に向かって笑われたといって吠えてる犬が笑われている



笑うとか笑われるとかそんなこと些細なことだと笑わせている

 他の人の短歌を見るにつけ、私の歌は推敲不足であるなあ
 と思う今日この頃である。

 そもそも推敲して面白くなるアイディアであるのか、という疑問。

 しかし相手に届く形式にしてしまえば、内容は後からついてくる、
 というか内容などなくてもいいのかもしれない、とも思う。

 しかし生来のものぐさが、推敲するより新しいのつくっちまえよ、とささやく。

 しかし歌詠み見習いに過ぎない私には推敲を繰り返すことでしか
 届く形にはまだまだできないのだろう。

 
 「僕」でいくのか「私」でいくのかいまいち決まらない今日この頃でもある。
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by tundok | 2004-05-26 23:42 | 未投稿短歌

つらつら考えたこと

もし私達の網膜が、今の可視光線ではなくて
X線に反応するとしたら、世界はどのようになっているのだろう。

人と会ったときに見えるのは基本的に骨、である。
その世界では骨以外は見えない(ことにする)。

すると脳味噌は頭蓋骨に隠れて見えないんだけど、
話の都合上、うっすら脳味噌も見えているとする。

その場合でも私達は、「内面」「外面」といった言葉を使うのだろうか。

私達は通常、体の内側が皮膚に隠されているため、
外からは伺いしれない「内面」があると考える。

少なくとも「内向的な人」という言い方はしないのではないか。

仮にその世界でもマブタは透けずに、「目を閉じられる」と考えてみる。
彼はその暗闇を「内面」と感じるのだろうか。マブタの裏が内面?

その世界でも「羞恥」という感情は残っているとする。
すると恥ずかしいのは多分、普段は見えない体表のラインだ。

その世界では全身に砂をかけると軽犯罪法で逮捕される。

美容整形が流行ると、皆こぞって頭蓋骨の縫合線をかっこよく直線にしてみたり、
あるいは脳味噌のシワを自分なりの模様にアレンジする。

「あいつ、脳の整形失敗して最近忘れっぽいんだよ、性格も悪くなったし」


僕が考え付くようなことだから、誰かが既に考えているのだろう。
そんなSF作家なり哲学者なり、どなたか知ってたりしたらぜひ!教えてください。
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by tundok | 2004-05-25 20:38 | 未投稿短歌